登山公開講座  2014年10月7日
山岳ガイド協会の公開講座に参加しまして、 今後の山登りに参考になったので報告します。
講座は2部構成で、前半が今井通子女史の話で後半がガイド協会理事の山登りの一般注意事項でした。 今後の山登りの参考になれば幸いです。

第1部「今井通子の山への想い」 講師 医師 登山家 今井通子女史
前半は彼女の経歴など個人の話。後半はそこから森林の医療効果についての話でした。
・自分の体力と技量を知り、それにあった山やコースを選べば、難しい山はこの世にない。
 ただし、自身の体力と技量を知るのが難しい。(普通の人は過信してしまう)
・御嶽山の事故の前、「コンパス」というネットでの登山届システムを提供したが、あと1年噴火が遅ければコンパスを通じた届けが一般化して多少は 救助に役立ったはず。
・森林を「のんびり」歩くと体力的にも精神的にも回復効果がある。特に糖尿や肥満の対策に良い。 また、NK(ナチュラルキラー)細胞活性化が行われるので、ガンになりにくい体を作ってくれる。 汗を垂らして激しく登山するのはダメ。のんびり歩きの効果は一週間続き、一ヶ月たっても都会にいるよりは効果が残る。
理想は月に2回森林を散歩したり昼寝したりすること。ストレスが溜まったら、森に逃げ込み、甘いものを食べる。
・登山中に疲れを感じたら、森に逃げこみ、雨が降っていても乾いた下着に着替えるのが良い。

第2部「秋山を目指して−疲労を防ぐための歩き方とトレーニング方法」 講師 鹿屋体育大学教授 山本正嘉氏
・疲れると、歩き方に柔らかさがなくなる。実験したら足へのショックが1.5倍になった。
・2000mの高地をシミュレーションしたら、バランス能力が落ちているのがわかった。 片足立ちが、海抜0mで2分の人が、気圧を下げて海抜 2000mになると37秒だった。
・普通山登りのトレーニングというと30分の早歩きと言われるが、その程度では昇り降りがないし時間が短いし、 荷物も持たないので、トレーニング とはいえない。 山登りのトレーニングは、山登りに尽きる。 「低山でよいから1000mを3時間以内で年に24回以上登ること」「できれば 1000mを2時間半以内で、年に40回登る」
・トレーニングで差が出るのは、年内の登山回数。
・それに加えて、体力トレーニングが必要。
  スクワット=手のひらを地面につけるまで
  上体起こし(腹筋)
 これを初めたころは10回を3セット、週に3回。最終的には15回を5セット、週に3回。
・エネルギー欠乏と水分欠乏が疲労を引き起こす。
 水分欠乏は、持久力や筋力低下、集中力低下を引き起こす。
・消費する量は、体重×消費時間×5。
 この7〜8割を補給するよう心がけること。
 エネルギーの残りの2〜3割は体脂肪で補える。
 水分は登る前に飲んでおけばよい。
 登る途中の水分補給は最低でも1時間に1回以上、エネルギー補給は2時間に1回。
 運動が3時間継続したら、塩分補給を考えるべき。

「体重×消費時間×5」の単位は、エネルギーの場合Kcal、水分の場合mlです。
60Kg×5時間×5=1,500Kcalのエネルギーと 1,500mlの水です。
すごくわかり易いですよね。
ちなみにおにぎりは180Kcalだそうで、100%補給するには8個以上食べることに。
一日分だからこれでも足りないかもしれませんね。

最後に、山本先生のペーパーが参考になりましたので自戒を込めて以下に紹介しておきます。

体力不足による登山事故を防ぐために
山本正嘉(鹿屋体育大学)

はじめに
体力不足が原因と思われる登山事故は多く、「無理をしないようにしよう」「体力をつけよう」などと言われます。 しかし事故は減る気配はなく、むしろ年々増加しています。 スローガンだけではなく、根本的な意識改革や具体的な方策が必要です。
本講座では、登山が思ったよりも大変な運動であること、ベテランと呼ばれる登山者の多くが体力不足であること、 普段のトレーニングが山で役立っていないことなどについて、データを見ながら考えてみます。

脚力と心肺能力の不足が事故を招く
山岳県である長野県の事故統計をみると、最も多いのは転倒・転落・滑落などの「転ぶ事故」です。 次に多いのは「病気」で、中でも心臓疾患が増えています。
体力という視点で見ると、転ぶ事故には脚力の不足、心臓病には心肺能力の不足が関係しています。 つまり、普段から脚力や心肺能力を鍛えるトレーニングをしておけば、防げる可能性は高いのです。

ベテラン登山者の多くは体力不足
ベテラン登山者164名(平均年齢59歳、徒然経験20年)に、山で起こるトラブルについてのアンケート調査をしてみました。 その結果、健脚コースでは様々なトラブルが起こっており、多い項目では4割を超えておりました。
そのワースト3は「筋肉痛」「膝の痛み」「下りで脚がガクガクになる」ですが、これは脚力不足が原因で起こります。 また4位の「上りで苦しい」は、心肺能力の不足によって起こるものです。 前者は転ぶ事故、後者は心臓疾患の引き金ともなるので、昨今の事故様相ともよく一致しています。
彼らの体力も測定してみたのですが、同世代の一般人よりはずっと優れていました。 それでも山でのトラブルが多発しているということは、登山が非常にハードな運動だということを意味しています。

登山はジョギングなみの運動
登山はどれくらいハードな運動なのでしょうか。 下界での運動と比べてみると、日本アルプスの縦走であればジョギングなみの運動、 ハイキングであえジョギングとウォーキングを交互に繰り返すような運動に相当します。 脚筋にかかる負担についても同様です。
たとえば、北アルプスで6時間の縦走をしたとすれば、6時間のジョギングをしたのと同じような負荷が、心肺や脚筋に対してかかるのです。 このようなことを知らずに本格的な山に行くことは、非常に危険だということがわかるでしょう。

役だっていないトレーニング
山に行くために、普段からトレーニングをしているという人は多いのですが、トレーニングをしていることと、それが山で役立っていることとは別問題です。
全国の7000人余りの登山者にアンケート調査をした結果、最も多くの人がやっているトレーニングはウォーキングでした。 しかし、それが登山に役立っているかを検証してみると、あまり役立っていないという結果でした。 その理由は、空身で平らな道を歩くだけでは、荷物を背負って坂道を歩く登山のトレーニングにはなりにくいからです。
このことは階段上りにも言えます。 普段からエスカレーターなどは使わず、歩いて階段を上り下りしている人も多いのですが、 駅の階段(1階分で5〜6mの標高差)を数回上り下りするくらいでは、十分な効果は期待できません。

自分の体力をチェックしてみよう。
どうすれば自分の体力を正しく認識でき、また登山に役立つトレーニングができるでしょうか。 その解決手段となりそうな「六甲タイムトライアル」というイベントがあります。
これは毎年秋に、関西山岳ガイド協会が行っているもので、六甲山のロックガーデン(登り約1000m、標準コースタイム3時間)を、 自分の身体に無理のない範囲内でなるべく速く登り、そのタイムで体力評価をするものです。
日本アルプスを無理なく登るためには、1000mの標高差を3時間以内で登れる(1時間当たりで333m登れる)体力が必要です。 一方、登るのに3〜3.5時間くらいかかる人は、ハイキングならばよいのですが、本格的な登山をするには不安がある、という判定になります。
このような体力テストは六甲山に限らず、自分の身近にある山でもできます。 傾斜が緩すぎず、下り区間をあまり含まないコースを見つけて、1000mの標高差を何分で登れるかをチェックすれば、同じ基準が適用できます。 1000mの標高差が確保できなければ、500mくらいでもよいでしょう。 全国各地の主な山で、このようなモデルコースを作ることが出来れば、安全登山にも大きく寄与できると思います。
低山はトレーニングの場所としても有効です。 身近な低山で、1時間に333m以上のペースで登高するトレーニングを繰り返し、それが楽にできるようになれば、日本アルプスの縦走を行うための基礎体力が身についたことになるのです。

おわりに
「無謀登山者」や「初心者」が事故を起こす、と考えている人が多いのではないでしょうか。 しかし実際には、ベテランと呼ばれる人たちでも危うい状況にあるのです。
登山に要求される体力は想像以上に大きいのです。 また、平地ウォーキングのようなトレーニングでは負荷が弱く、本格的な山ではあまり役立ちません。 この点に気付かず、自分の体力に不相応な、つまり自信過剰な登山をしている人がたくさんいるのです。
「危ない登山者とは自分のことかもしれない」という意識改革をするところから、安全登山の第1歩がは始まるのです。

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