



秩父神社巡り・長尾根丘陵

行動記録
行程図
■2月21日(土)
自宅(6:40)==鶴川(6:53)+++登戸(7:07,7:20)+++府中本町(7:34,7:40)+++新秋津(7:53)---秋津(8:03)+++飯能(8:35,8:56)+++西武秩父(9:48)
西武秩父駅(10:05)→慈眼寺(10:08)→少林寺(10:12)→秩父神社(10:40,10:55)→西光寺(11:25)→音楽寺(12:20)→梅園(12:35,13:10)→展望台(13:20,13:35)→音楽堂・屋外ステージ(14:10,15:00)→巴川橋(15:25)→秩父鉄道影森駅(15:50)
影森(15:54)+++御花畑(15:57)
西武秩父(18:24)+++池袋(19:46)
池袋(22:05)+++新宿(22:14,22:20)+++新百合ヶ丘(22:42,22:44)+++鶴川(22:48)==自宅(23:10)
天気図
■2/21(土) 日の出 6:25, 日の入り 17:31 快晴 16.0℃/-4.2℃ 湿度 58%、 東 1.6m/s 降水量 0.0mm
天気図、衛星画像 日本気象協会より転載、気象データ:気象庁@秩父(埼玉県)
アプローチメモ
日帰り温泉
行動記録
2月のハイキングは秩父の神社巡りということであまり興味が起こらなかった。ただ元職場の同僚がこの会に参加したいということで2月の登山に私と一緒に参加する予定であったが、2月の登山は天気が悪くて注視となった。それでこのハイキングに参加するというので、私も特に用事もないので参加することとした。秩父地方は昨年10月の伊豆が岳、12月武甲山ということでなんとなく秩父に訪れることが多い。しかしなんといっても町田からちょっと遠いことと電車の乗り換えが大変である。
【2月21日(土)晴れ】
西武秩父駅に集合ということでちょっと遅めであるが、なんといっても6時半過ぎに自宅を出た。乗り換えが多いのであらかじめネットで調べた時刻をメモにしてポケットにいれ、乗換ごとにポケットからメモを取り出して電車を確認する。スマホのアプリでも確認できるのであるが、さっと時刻表が出てこないので慌てることがあり紙に書いたメモと見るのが昭和のアナログ人間にとっては便利で確実である。
さて西武秩父駅に9:48に到着。殆どのメンバーは飯能からぐっと電車が少なくなるので電車が限られる。新しく加わるKさんもこの電車で下りてきた。さっそく皆さんに紹介し、全員集合したのち幹事役のYさんの案内でまず秩父13番札所、慈眼寺に行く。歩いて5分程の距離で小さなお寺であったが、その傍らに金ぴかのお堂が建てられていた。




慈眼寺の裏手から出て秩父鉄道の線路を越え昔の商店街なのか閑散とした通りをしばらく歩くと23番札所の少林寺に着く。禅寺のためか、小さな石庭があったり手入れされた枯山水や鐘楼など狭い敷地にコンパクトに配置したお寺である。りっぱな枝垂桜があるが残念ながらまだ咲いてなかった。


次に訪れたのは、地域の絶対的守り神、秩父神社。さすがに広い敷地。大きなイチョウをはじめ古木に囲まれた本殿は、四面とも左甚五郎作の三猿(お元気三猿と言われている)を含め数多くのカラフルな彫刻に彩られており、いくら見ていても飽きないくらいである。ちなみに有名な秩父夜祭り(日本三大曳山祭り)はこの神社のお祭りである。


左甚五郎の三猿といえば日光東照宮が有名であるが、同じ徳川家縁りの御社であるにも拘わらず、秩父神社の三猿は日光とまったく違った表情をしている。日光が古来の庚申信仰にちなんで、「見ざる・言わざる・聞かざる」なのに対し、秩父神社の三猿は「よく見て・よく聞いて・よく話す」お元気三猿として親しまれているとのこと。




秩父神社を後にして国道209号線に出てしばらく歩くと荒川にかかる巨大な秩父公園橋が見えるが、その手前で脇道に入り16番札所、西光寺を訪れた。こちらもこじんまりしたお寺でちょっと鄙びた感じがいい。境内に入り本堂の前で本尊の千手観音菩薩が御開帳とあったので、靴を脱いで本堂にあがる。檀家さんのお参りの邪魔にならぬように祭壇の前に行くとうす暗い祭壇の奥に小ぶりな観音菩薩像があった。なかなかに精巧な作りのご利益のありそうな仏像であった。本堂を出た脇に酒樽で作った建物?に大黒様がいらっしゃる、酒樽大黒天というものがある。お庭の梅が咲いて青空をバックにとてもきれいであった。


西光寺を後にして国道に戻り、いよいよ全長530mの大橋を渡る。まっすぐで緩い登りの傾斜があり、その先にこれから目指す長尾根の丘陵の全景が見える。そして振り返ると傷だらけの百名山、武甲山が青空を背景に私たちを見てくれている。この大橋は荒川を渡るというよりも渓谷を渡るためという感じで、結構な高さがあり眼下には民家や作業場などもあり、荒川自体は意外なほどの川幅しかない。中間地点で記念撮影したあと、いよいよ秩父ミューズパークの北口からそのエリアに入っていく。
これからこのコース唯一の登りで、車道から折り返して結構な傾斜の狭い道幅の舗装道を登る。15分ほど歩いて本日最後のお寺、23番札所の音楽寺に着いた。音楽寺というだけにピアノも置いてあるはずということであったが見当たらず残念であった。庭には樹齢250年以上の梅が立派に咲いている。脇から少し登ると立派な観音堂があり、その前庭には六地蔵や立派な松などがあり、手入れの行き届いた松を通して武甲山、それに秩父の街が眼下に眺めることができた。




音楽堂の脇から車道を越えると秩父ミューズパークの敷地に入り、梅園が広がっている。残念ながら樹木は葉を落とし草花や桜の開花にはまだ早く、梅が唯一目を楽しませてくれる花であるが、このところの陽気で何とか3~5部咲きくらいまで来てくれていた。このエリアで昼食の予定であるが運よくメンバー12人のメンバーにちょうどおあつらえの東屋があり、そこでランチとなった。快晴の下、登りのあとのほてりを感じつつ、梅と武甲山をはじめとする山々を見ながら空腹を満たす贅沢なひと時であった。




ランチを終えて次は秩父ミューズパークの中をぶらぶら歩く。この丘陵の尾根伝いに拓かれた広大な公園で子供連れた家族も散策している。 大きな広場を過ぎると道路に突き出た展望台があり、武甲山をはじめとする山塊の眺めは素晴らしいの一言。反対側にはさらに高い遊具の塔もあり、こちらの展望もおすすめである。
展望台からの景色を楽しんだ後、さらに広い道を奥に進むと何やら多くの男女の若者が集まって障害競争みたいなことをやっている。事前に聞いてはいたが、この日は「スパルタンレース」という障害物競技の類のレースが開催されていた。よく見ると砂袋を引っ張り上げたり、有刺鉄線を潜り抜けたり、高い壁を登ったり、30㎏もありそうな砂袋を担いで歩いたり、とても学校の運動会でやっている障害物競争どころではなく極めて本格的である。シニアの我々には今一共感しづらいものも感じながら、横に見て応援しつつ歩いて行く。ただこの競技の参加者はあまり急いではいない様子。あとで聞いたところでは、タイムレースでもあるが主に完走を目指す競技だとのこと。しばらくして立派な音楽堂と野外ステージに出くわした。ここで小休止と思いきや5人ほど見当たらない。何とか連絡が取れて落ち合えたが、どうやらレースに付いて行ってはぐれてしまったようだ。再集合の後、しばらく整備された道を歩いていくと「ミューズパーク」の名があるように、公園全体のコンセプトがギリシャを模しているのか「パルテノン」とか「ミューズの泉」などなど、およそ秩父らしくない建物が建っている。地元出身者のKさん曰く、こんなもの建てるより市民病院を何とかしてくれ、とこぼしていた。舗道歩きも少し飽きてきたころに長尾根スカイラインのほうに道をとりしばらく車道歩きです。ここは両側に桜が植えられていてシーズンにはさぞ美しいことと思われます。車道歩きも飽きた頃、左側の丘陵に入る。森の中、整備された山道をしばし歩いて、丘の家という名の東屋に到着。最後の小休止をとり5分もしないうちにミューズパークの終点である南口に出た。


最後のトイレ休憩をとり、ゴールの秩父鉄道影森駅を目指す。ここからは下りの車道歩きとなるが、行く手に武甲山の見事な眺め。今日はお天気がよく見通しも良いので、目前で見るとその削られた痛々しい跡が本当によく分かる。とはいえこれがなければ、東京の街やビルなどの建物が作れなかったわけで、何とも言い難い気持ちにもなる。前方には荒川を渡りなおす赤い大橋、巴川橋。橋に導かれ道を間違うことなく下っていく。巴川橋を渡りつつ左側を見ると往路に渡った公園橋が見える。ここでは橋の長さはほぼ荒川の川幅である。巴川橋から車道を歩くこと30分で影森駅に到着。




秩父鉄道の電車はほどなく来て一駅先のお花畑駅で下り西武秩父駅まで歩く。時刻はちょうど4時、ここで日帰り温泉組と帰宅組に分かれるので解散となった。西武秩父駅にある日帰り温泉「祭の湯」であるが、温泉組はすでに割引券や株主優待券を持っている。私は割引券は持っていないし、そんなに汗もかいていないのでそのまま帰ろうと思っていたが、西武鉄道の株主であるGさんから後1枚の残っているよとのささやきに釣られ温泉組に加わることにした。
「祭の湯」はさすが大手西武鉄道の手がけた立派な施設であったが、中に入ると相当な混雑。洗い場もちょっと並ばないと洗えない始末。そこで気付いたのであるが例のスパルタンレースを終えた若者が加わっていることで納得した。風呂から上がって食堂でとりあえずビールとおつまみで乾杯。その後4人で西武秩父駅から池袋まで特急で帰ることとなり、Nさんが特急券4人分、それも対面ボックス席を予約してくれた。
「祭りの湯」を出て駅の売店で各自缶ビールや小さなワイン缶を買って特急ラビューに乗り込む。当然電車の中でも宴会の続き。さらに池袋で下りて帰ろうとすると池袋が自宅であるIさんから養老の滝本店があるよとのささややきでまたまたお店に行って宴会の続き。そういえば昨年12月の武甲山の帰りでも同様のパターンであったがまったく懲りない連中である。
感 想
今回のハイキングは前半に寺社巡り、後半が丘陵歩きと変化の富んだコースであったが、なによりも終日快晴で春のような陽気の下、武甲山に見守られながら咲き始めの梅も会えて充実の6時間であった。あとひと月もたてば桜も楽しめるのではないだろうか。秩父にはこれまで何回か訪れているが、これまで半分削れた武甲山の様子をはっきり眺められることはなかった。このハイキングで一番その様子をはっきり認めることが出来て改めて開発と自然とのギャップを認識した。秩父の街も明治時代に発生した秩父事件(日本近代史における最大規模の農民蜂起のひとつと位置づけられている。)にあるように貧しかったが、この武甲山から生まれるセメントのお陰で発展したと言えよう。
それしてもまたまたアフターハイキングで呑み過ぎてしまった。秩父に行くとどうしても一次会のみならず二次会、三次会へと続くまったく年齢を顧みないこのパターンは、年寄りにとっていかがなものかと反省する次第である。